自分にとって大事な自治体の「総合計画」と「基本構想」と「自治基本条例」を見てみよう(人口6万以下の「市町」想定)

新型コロナウイルス感染症の蔓延が続くこの頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

引き続き「新しい生活様式」に対応した、丁寧な暮らしを続けて、いわゆる「3密」を避け、その代り心の距離を縮めた諸活動にそれぞれ邁進していけたらと思うこの頃であります。

このところ、やれ金融機関経由のアレコレだの、東京オリンピックは無観客が主流だの、いろいろな出来事がありますが、平成15年ぐらいから叫ばれるようになった、いわゆる「地方分権」「国の外郭団体の整理・統合」は、本当に進めてよかったのかのだろうか…新型コロナウイルス感染症ごときに右往左往するような「国の体力の低下」にしかならなかったんじゃないのか…とも思っております。

もちろん、制度疲労のリフレッシュは必要であり、自分たちのことは自分たちで考えるという当事者意識を持った人が増えたという観点で、「地方分権」の意味もあったと思います。また、新しい時代の到来に向けて死に物狂いで「地方分権」に対応してきた諸先輩方の努力を否定するものでもありません。

しかしながら、このところ、傍観者的にではありますが、いくつかの自治体の右往左往ぶりや、暴走・迷走を見かけることが多くあります。かつての「地方分権」の意味を、国レベルでも市町村・都道府県レベルでも、もう少ししっかり考えるべきではないのかなと思っております。(教育委員会制度の改革もそうですが、本稿ではちょっとそれは省きます)

なお、本稿で主張したいことを先にまとめてしまうと、「平成の「地方分権」とは、基本的に不完全なもので、実質的には「自治体のリストラ効果(それも自爆的・自滅的な潰れ方)」をもたらしかねない「罠」のような機能が存在する。意図されているのか、意図されていないのかわからないけど、「住民」がしっかり「住民自治」の意識を持たないと、自治体の事務局に過ぎない「行政」と、その監視機能を持つはずの「議会」が暴走・迷走しちゃうよ。」です。

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種などが最たるものかなと思うのですが、「国の混乱」と「自治体の意味不明なレベルの根性と熱意」を見比べると、地方分権を考慮して自治体に配慮してくれている国の動き(別の表現でいえば、国主導でとっととやっとけばいいものを、地方分権に配慮して自治体の裁量にゆだねざるを得ない国の苦労)の存在も感じるところであります。(だからと言って国がベストとは言わないけど)

さて、ちょうど2011(平成23)年の「地方自治法の改正」から10年ほど経過しまして、いくつかの自治体ではその改正後の「総合計画」の作りこみ方に差異があり、そして、その作りこみ方によっては「まちの雰囲気」も大きく結果の差異が現れるようになってきました。ゴーストタウンのような雰囲気になったところもあれば、イイ感じに未来志向なまちづくりができているところもあり、さらには「人を呼び込み過ぎて過密
になっている自治体もあったりしています。結果的に、合併特例法もなくなったこのご時世に、合併するインセンティブもないのに救済合併をしてあげないといけないレベルで落ちぶれている自治体もちらほら…。

「地方分権」で変わった総合計画と基本構想

かつては、地方自治法第2条第4項において、市町村に対し、総合計画の基本部分である「基本構想」について議会の議決を経て定めることが義務付けされていました。

しかし、国の地域主権改革の下、平成23年5月2日に「地方自治法の一部を改正する法律」が公布され、基本構想の法的な策定義務がなくなり、策定及び議会の議決を経るかどうかは市の独自の判断に委ねられることとなりました。

地方自治法
第2条第4項 市町村は、その事務を処理するに当たっては、議会の議決を経てその地域における総合的かつ計画的な行政の運営を図るための基本構想を定め、これに即して行うようにしなければならない。 ⇒ 削除

これを受けて、「総合計画」と「基本構想」を作らなくていい!と思った自治体と、いやいや「総合計画」も「基本構想」も必要だ!と思った自治体とが現れるわけです。

後者の、総合計画も基本構想も必要と思った自治体は、例えばこんな感じの条文を含む条例を作るようになります。

三鷹市自治基本条例
第13条 市長等は、総合的、計画的な市政運営を行うため、市の最上位計画として市議会の議決を経て基本構想を定めるとともに、基本構想の実現を図るため、基本計画を策定するものとする。

ほかにも「〇〇市総合計画条例」とか、「〇〇市議会の議決すべき事件に関する条例」とかで 固めているパターンが散見されます。

あなたのお住まいの自治体の「総合計画」と「基本構想」は、作るとなっている場合は、どんな条例で定義されていますか?調べてみると面白いと思います。

基本構想があってこその総合計画

ここまで、「総合計画」と「基本構想」を文字だけで表現してきました。

このブログ記事を執筆しているときに、長崎市さんが第五次総合計画「前期基本計画」素案へのパブリック・コメントの募集をしています。

ここから1ページ引用をしてみたいと思います。

長崎市だと、「長崎市総合計画策定条例」というのがありました。

主要な条文としては下記の通り。

(趣旨)
第1条 この条例は、本市の総合計画の策定に関し必要な事項を定めるものとする。
(定義)
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1) 総合計画 基本構想、基本計画及び実施計画からなる本市の最上位の計画をいう。
(2) 基本構想 本市の将来の都市像、まちづくりの方針等を定める基本的な構想をいう。
(3) 基本計画 基本構想に基づく本市の各種施策を体系的に示す計画をいう。
(4) 実施計画 基本計画において定めた各種施策を実施するための具体的な事業を示す計画をいう。
(総合計画の策定)
第3条 市長は、総合的かつ計画的な市政の運営を図るため、総合計画を策定するものとする。

長崎市の総合計画とその基本構想、そして前期基本計画については、内容に言及することは差し控えますが、前期基本計画のパブコメにあたり、「長崎市第五次総合計画基本構想は令和3年3月に策定済であり、意見の募集は行っておりません。」という姿勢が好感を持てます。

「基本構想」を作って、「総合計画」を作って、その中で「前期基本計画」を作る…という丁寧な作り方をされていることに、丁寧な計画行政と進捗管理・検証と反映への期待感が感じられます。

皆さんの自治体ではどういう作り方、そして検証の仕方をしているものでしょうか。